Vol.4 「父さんのお酒の教室」 / れっとあんばー
私は名雪。晴れてお酒が飲める年齢になった大学生だ。
父の教えで、大学、高校とお酒を勧めてくる人は人殺しと同じなんだぞという教えから、今まで一度も・・・甘酒はあるかな?アルコールを飲んだことがない。
そんな私に父は翌日休日だからと、デートに誘ってきた。ファザコンとよく呼ばれているが、父が私に心配症なのだ。お酒で人が死ぬなんていう人だし。
「いいとこのバーにも行くからそれなりの格好しろよ」
そう言われたものの選んだのは、いつものキャラものや動物ものではなく私なりの
「どれすこーど」
と、いうやつになっている。
午後5時半。大学終わりに服に悩んで、着慣れない「どれすこーど」でソワソワしている。
ガチャっという音で父が帰ってきたのがわかった。
「お、名雪準備出来てるな」
「う、うん・・・これでいいのかな?」
「母さんを最初バーに連れていった時よりマシだ」
そう言われて家を出た。
駅までのバスで問われた。
「名雪は何が飲みたい?」
「う~ん・・・あ!あれやってみたいっ!」
TVでもよく見るあれ。本当に美味しいのか知りたかった。好奇心だ。
「なんだあれって?」
「サラリーマンがビール飲んで『く~美味いっ!!!』ってやつ」
「・・・」
黙る父。おかしな事言っただろうか?
「・・・母さんの子だと実感したよ」
「何それ?」
そう言ってサークルでもよく行く駅に近い居酒屋に入った。
「感想は?」
「まずいにがいにがい」
「俺もビールは最初はそうだったよ。ただな?ある歳を迎えたらコーヒーが旨く感じるのと同じように上手くなる」
「でも父さんハイボールじゃん」
「痛風予備軍だからな。30で禁止だ。交換するか?」
そう言ってハイボールを飲む。
「にがい」
そう言って私はビールもハイボールも父に押しつけ、ウーロン茶をストローで飲みながらメニューを見ていた。
「日本酒も焼酎もチェーン店なのに詳しく見ると沢山あるんだね」
「もっといいとこだと種類も桁も増えるからな」
「もっといいとこ行きたかったー」
「父さんの財政は家計の食費に直結してるからな」
「ぶー」
そう頬を膨らましたが、父はここに来て真面目な顔になった。
「・・・若いうちはこういう店で大勢で飲む方が機会が多いからな」
「?」
「で、次飲むの決まったか?」
「うーぶどうサワー」
「賢明だな」
種類の多いサワーは美味しかった。
そして父は新宿にまで場所を移してバーに向かった。
「『BAR Up to You』だ」
「わざわざ新宿まで来て?」
「バーテンダーさんによって本当にカクテルやウイスキーのチョイスなんかが変わってくる。ここは駅近で前のバーと休日がズレるから気軽に変えるんだ。もちろんチョイスも通い詰めてマスターさんはよくわかってる。家飲み用のウイスキーは大体ここで味見する」
「なんで?」
「でもカクテル飲むんでしょ?」
「そうだな、レシピがお洒落というか家庭的だから気になる。あとパスタが美味い」
「は?」
そう言ってビルの7階まで行く。
「ねえ父さん」
「なんだ名雪?」
「4階すんごい人降りたね」
「気にするな」
そうして洒落た木のドアを開けると笑顔の女性のマスターが。
「父さんの浮気者」
「違う、母さん公認の浮気場所だ」
「・・・たまに父さんと母さんの昔からの約束事って意味不明だよね」
洒落たシャンデリアにバーカウンターに2人席まである。15人ぐらい入るかも知れない。
そして目立ったのは、カウンターを挟んだマスターの後ろにある壁の棚にいくつものボトルが並んでいた。
そしてカウンターに座る人の前に蝋燭のライティングがマスターの女性らしい計らいだ。
「なに、ほげ~ってしてるんだ」
「いや、なんか凄いねバーって」
「お酒を楽しく飲むのもそうだが、俺はこういうところは落ち着けるところがいい・・・母さんは仕事の話しかしないからな」
「憩いの場なんだね」
「わかってくれて幸いだ」
そうして席に着く。
バーカウンターに座るのはなんだかお尻が落ち着かない。
「高い椅子は慣れないか?」
「普段座らないからね・・・さて・・・カクテルってなにがあるの?」
そう問う私にマスターがメニューを出す。
「バーでよくあるのが、カクテルの名前がわからないまま頼んでしまうが、ここはメニューがある。もちろんそれ以外も作れるが、あまりメニューが無い経験が多いな」
「へー・・・ジン・・・あ!テキーラ!」
「テキーラは父さんも飲めないからやめてくれ」
「なんだか父さん飲めないの多い?」
「無理に飲めないもの飲むものでないって事だよ」
そう言ってたところで、父さんは珍しいものを見つけた子供のように即決していた。
「なんだかご機嫌だね?」
「プレミアがついてるやつがあったんだ。また飲めるとは・・・で、お前は?」
「う~ん・・・」
少し悩んだ所で名前で選んだ。
「ジャック・ター」
「やめろ」
「なんでよ?」
「父さんも過去に飲んで、1杯でタガが外れて一晩で財布を空にした」
「・・・」
「カクテルでも1位2位の度数だ」
「どういうこと?」
「ウイスキーより高いって言えばわかるか?」
「・・・母さんが開けない父さんの酒棚より上」
「もう二度と頼まないと決めたカクテルだ」
そう言う父はゲンナリ顔だ。
「ちなみになに買ったの?」
「お気に入りのブランドの服を勧められるがままに買った。翌月のカード残高見て冷や汗流れたよ」
「じゃあ逆に父さんがまた飲みたいと言うカクテルないの?」
そう言われて父さんは考えた。
「スプモーニ・・・軽いか?ギムレットは強いし、ヴェスパーなんかもっとダメだ」
『全部うちで頼んだ事ないじゃないですか~』
マスターが笑う。
そして父さんははっとなった。
「ジャックローズ!あれは確実にここで飲んだ!」
マスターもその反応に笑う。
「色が好きなんだ・・・」
「味じゃないの?」
「うるさい。でもカルヴァドスの味を知るにはいいかもな」
「なにそれ?」
「りんごのブランデーだ。このブランデーで世界を取った人のカクテルを飲んだ時なんと美味い酒だと感動した」
「なんとか風みたいな?」
「簡単に言うとそうだが、元はブランデーだからな、度数が高い」
そう言って出てきたのは、真っ赤なショートグラスに注がれたカクテルだった。
「トマトジュース?」
「まあ飲んでみろ」
一口飲む・・・フワッと広がるりんごの香り。これまで飲んできたお酒みたいにアルコールの角がない。
「おいしい!!!」
「らいむじゅー」
「もう一杯!!!」
「おい!青汁と違うんだぞ!まずは水!!!」
~出逢ってしまったベストカクテル~
『ジャックローズ』
私はふと目を覚ました。
「ふえ?」
「マスターのお得意とはいえジャックローズだけ4杯も飲むバカはお前だけだぞ」
「ほ~なの?」
「少なくても20度あるカクテルだ。女子会で盛り上がるワインが14%より上をテキーラのように飲むとは」
「美味しかったー」
「・・・でも、今日飲んだのがお前の限界だ」
「え?」
「居酒屋でサワー2杯、バーでジャックローズ4杯・・・それでお前の意識は飛んだ。お酒のマナーでいうところの『お酒に飲まれるな』ってやつだ」
「・・・」
「母さんは一口飲んでアウト。完全にアルコールアレルギーだ。娘のお前がどれだけ飲めるか心配したが、限界だけは覚えとけよ・・・何もしないで家に帰してくれる男なんていないからな」
「なんでそう言い切れるの?」
「お前は母さんの娘だからな」
最後に盛大な惚気を聞いた所で私は意識を失った。
<Bar Up to You>
新宿西口、路地裏の雑居ビルの7Fに隠れ家のように佇んでいる小さなBar。
東京都新宿区西新宿1-4-5 西新宿オークビル7F
tel : 03-5322-1112
営業時間:17:00~25:00 定休日:日曜日
夜な夜な訪れるゲストたちと美味い一杯とバーテンダーとの程よい時間が静かに流れていく。
このブログは、毎月1つの酒をテーマに、当店のゲストの皆様方が、一編のストーリーを作り、投稿されているブログです。
当店のHPはこちら! http://www.up-2you.jp/index.html