One Shot Stories

新宿の路地裏のBar Up to You が贈る ~1杯のお酒が紡ぐ、ちょっといい話~

Vol.9 「ずっと」 /清水 楓

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アラームを止めたのは覚えているのにその後の記憶がない。
目が覚めた時にいやにすっきりと頭が冴えていた。
やった!と一瞬で分かった。
案の定、起きなくちゃいけない時間はとうに過ぎていた。
結衣は最低限の準備をし、足早に家を出た。
昨夜は少し飲み過ぎて帰ってきた時間もあやふやなのに、習慣とは恐ろしい。
服は着替えていたしメイクも落としていた。
階段を駆け降り、マンションの入り口にあるポストを覗くと封書やハガキが数枚入っていた。ガサッと掴んでバックに入れ、駅まで走った。


なんとか遅刻は逃れた。
同じフロアで働く同い年の舞とランチに出かけ、ハッと思いだしバックに押し込んだ郵便物に目を通した。
カード会社からの請求書、フィットネスのDM、ポスティングされたであろう飲食店と金融機関のチラシ。
最後の一枚は見慣れない差出人からのハガキだった。
裏を見ると高校の同窓会のお知らせだった。
「へぇー、懐かしい」と呟くと舞が
「なになにー?」と興味を示した。
「高校の同窓会やるんだって。あの頃の友達とはほとんど会ってないな。卒業してからもう8年か!」
「月日の経つのは早いよね。社会人になってからは尚更だよね」舞はカフェオレを飲みながらしみじみ言った。
「ホントに。久しぶりに行ってみようかな、ちょっと会ってみたい人もいるし」
「誰よー、元カレとか?」
「違うけどまぁ…ね。」
「意味深!行ってきてよ!何か起こりそう」
と舞はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


高校時代は一般的な楽しい3年を過ごした。マンモス高と呼ばれた大きな学校だった。
1年の時に同じクラスの隣の席だった隼人とは異性ながら仲が良く、本人同士は単なる友達と思っていたが、事あるごとにひやかされる程だった。
隼人は野球部のエースだったが、強いチームではなかったので、結衣は勿体ないなと思っていた。

隼人とは2、3年はクラスが違ったがずっと友達として付き合いはあった。

 

卒業も間近だったある冬の日に、結衣は隼人に話があると呼び出された。
違う大学へ進学する二人はもう毎日顔を合わせることも無くなる。
隼人は今になって気付いた、付き合って欲しいと言ったが、結衣は少し悩んで断った。彼のやりたい事が疎かになるような気がしたのだ。
隼人には大学でも野球をやるという強い気持ちがあり、出来ることならプロにもなりたいと言っていた。邪魔にはなりたくないし、その事で喧嘩もしたくなかった。
そう伝えた。

隼人は「そうだよな、ありがとう。
これからも友達でいよう」と少し悲しそうな顔をしたが、二人は笑って別れた。
ずっと気にはなっていたものの、大学時代も社会人になっても隼人とは連絡を取らなかった。
風の噂で、隼人は社会人野球をやっていると聞いた。大学ではチャンスに恵まれなかった様だが、まだ諦めてはいないんだなと、陰ながら応援していた。

 

2ヶ月後、結衣は同窓会の会場へと向かった。都内のホテルのパーティー会場には
ざっと見ただけでも60人程集まっていた。
ドリンクを手に取り振り返ると、一番仲の良かった愛美が駆け寄ってきた。
久しぶりー!と挨拶を交わし、お互いの近況を話した。愛美は卒業してから地方へ行った為に会うのが難しく、久しぶりの再会だった。

「ねぇねぇ、隼人とは連絡取ってるの?」
「全然だよ。野球やってるって事しかわからない」
「えー、そうなんだ。てっきり…」
そこへ割って入ってきたのは隼人だった。
「久しぶり!」

高校時代より一回り大きくなっていて、いかにもスポーツマンという感じだ。
ジャケットの上からでも分かる引き締まった体は美しかった。

愛美は気をきかせたのか、また後でとその場を後にした。結衣は多少の気不味さもあり上手く言葉が出てこなかった。

二人で会場の隅にある椅子に座り、卒業してからの事を話した。
他には目が行かなかった。
隼人との再会がこんなにも嬉しいとは予想外だった。
たまにどこからか視線を感じてはいたが、これだけの人がいる中では疑問にも思わなかった。
しばらく話し、連絡先を交換して後日食事でもとそれぞれの友達の元へ向かった。

 

2週間後の土曜日、やっと都合のついた二人は、隼人の行きつけだと言うスペインバルで食事とお酒を楽しんだ。

「ここ、スペインバルだけどさ、ジントニックが旨いんだ」
「そうなんだ!滅多に飲まないけど、飲んでみよ」

慣れないジンを飲み過ぎた結衣を隼人は家まで送ってくれた。
そしてそのまま一夜を過ごした。

こんな事になるとは思っていなかった。
あれから8年も経ってまさか。
隼人の野球の邪魔をしない事を約束し、二人は恋人になった。

でも結衣には、ひとつだけ気になっている事があった。
同窓会の時に感じた視線と同じ感覚が度々あるのだ。
隼人と一緒の時は特に。
彼は気のせいだと言うので、そう思う事にした。

 

しかし半年経ってもそれは続いてた。
どうしても気になるし、恐怖すら覚えた。
その頃になると隼人も時々感じていた様で、二人は隼人の部屋で一緒に住む事にした。同じタイミングで感じたら気のせいではない。
それを確かめる為に。


すっきりと晴れたある土曜日に、隼人の試合があったので、結衣は球場に同行しスタンドで見守った。

 

5回表0-0、隼人のチームの攻撃、打順は彼からだ。
結衣は祈る様に隼人だけを見つめていたが、ふとあの視線を感じた。
その方向を見ると6列程横に座っている女だった。
その視線は真っ直ぐに隼人を見ている…
のではなく、結衣を見ていた。
間違いなく結衣を見つめていた。
観客に紛れて顔は分からなかった。

声が出そうになったが、何とか抑え慌ててグラウンドに視線をそらした。
レフト前にヒットを打った彼はセカンドにいた。何も知らない彼は結衣を見てニコリと笑顔を作った。

試合は2-0で勝利し、撤収が始まる頃にはもうあの女は見当たらなかった。

駐車場で隼人を待ち、おめでとうとハグをした。離れようとした時に結衣の視線の先にあの女が立っていた。
「きゃ!」
「どした?」
「離れないで。試合中にあたし見られてたの。きっとあの視線。いつも感じてたあの視線!ゆっくり振り返って」

耳元でそう言った結衣に言われた通りに隼人は振り返った。
深めにキャップを被り眼鏡をしていて顔は良く分からないが、確かに何処かで見た様な気はした。

「俺たちに何か?」
「随分仲良しね」

隼人は結衣を離し、女に向き直った。
「誰?」
「誰?何言ってるの?今更」

「今更ってなんだよ。俺たちの事付け回してたのか?」

「付け回してなんかいない。隼人と同じ空間にいただけ。どうして結衣と一緒にいるの?ずっと私と2人だったのに」


結衣は気付いた。
この声を知っている。


「あなた……どうして隼人を知ってるの?
ずっと2人だったってどう言う事?」

「高校の時からずっと、9年経った今でも私はずっと隼人しか見てないの。大学時代も毎回試合を見てた。社会人になってもずっとよ。なのに隼人は全く私に気付かない。いつも見てたのに。なのに振られた女と8年ぶりに会って、さっさと付き合い出して同棲までしてる。高校の時、私は結衣といる時の隼人が嫌いだった。でも!いつも結衣と話してる時が一番綺麗な笑顔だった」

怒りとも恐怖とも言えない感情で結衣は震えていた。

「私達と同じ高校だったの!?」

「そうよ。同じ会社にいて、同じフロアにいて、ランチまで行ってるのに気付かないなんてバカな女」

「お前、ちゃんと顔を見せろ!」

「見たら分かるの?私の事なんて覚えてる訳無いよね?だって隼人は野球と結衣にしか興味無かったじゃない?」


そう言って舞はキャップを脱いだ。


「お前…確か2年の時に同じクラスだった…よな。あの時からずっと俺の事見てたのか!?信じられない!」

「結衣は隼人の野球を邪魔したくないって言ってたよね。私聞いてたよ、あの時の会話。だから私も同じようにそっと見守ってたの。誰よりも隼人を知ってるの。だからこれからもずっと見てるわ」

舞はそう言うと雑踏の中に消えた。

「俺、バカだな。本当に何も知らなかったし気付かなかった。結衣にまで怖い思いさせてごめん」

「あたしだって同僚なのに全く…」

二人はしばらくの間、立ちすくしていた。


今後の事を考えて引っ越しを決め、仕事も変わろうかと思っていた矢先に舞が突然退職したと知らされた。
噂では実家のある田舎へ帰ったらしい。

でも絶対にそんな事あるはずがない。

舞は強い意志でずっと隼人を見てると言ったのだから。

 

 

<Bar Up to You>
新宿西口、路地裏の雑居ビルの7Fに隠れ家のように佇んでいる小さなBar。

東京都新宿区西新宿1-4-5 西新宿オークビル7F
tel : 03-5322-1112

営業時間:17:00~25:00  定休日:日曜日

夜な夜な訪れるゲストたちと美味い一杯とバーテンダーとの程よい時間が静かに流れていく。

このブログは、毎月1つの酒をテーマに、当店のゲストの皆様方が、一編のストーリーを作り、投稿されているブログです。

当店のHPはこちら! http://www.up-2you.jp/index.html