One Shot Stories

新宿の路地裏のBar Up to You が贈る ~1杯のお酒が紡ぐ、ちょっといい話~

Vol.1 「蓮と猫」 /清水 楓

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最近流行りのタピオカミルクティーを売る店の前には長い行列が出来ていた。
若い女の子達が写真を撮りながら順番を待っている。
その店の裏手の細い道に入ると、まだ明るいのに薄暗い路地が延びている。
湿った空気が流れた別世界。
ウイスキーの空き瓶やゴミ箱やらよくもまぁこんなに乱雑に置けたものだ。建物の上からはカラスが獲物を狙っている。

路地を抜けると道が開け、今度は大きなビルが建ち並ぶ。
映画館、飲食店、クラブ、風俗店、ホテル…
この街は飽きない。
10分も歩けばちょっとしたテーマパーク並に目がチカチカするし国際交流だって出来る。ゴジラだっている位だ。

蓮は当てもなくこの街を歩くのが好きだ。
様々な人間がうごめいているのを観察する。

横断歩道で大きなバックを持った若い女の子とすれ違うと、いい香りのフレグランスが漂った。
これだけの人混みの中で、どのくらいの確率で今この人とすれ違ったのだろう?
もう一度会う事はあるのだろうか?
会った所で気付くわけもないか。
よっぽど特徴的な何かが無い限りは。

そんな事を考えながら1人で歩く。
雑踏の中でも、自分の回りには誰も入れないドームがあって守られているんだ。
そう思うと多少の事では動じない。
キャッチやよくわからないスカウトらしき人からも声は掛けられるが、ほとんど耳に入らない。
でもイヤホンはしていない。
この街の音が聞こえないから。

あの日もいつもの様に1人で歩いていた。
通りかかった一軒の店から、高そうなスーツを着た、どこぞの社長さんかお偉いさんの様な風貌の男性が出てきた。
優しそうな顔立ちだった。
が、その男性は、前を歩いていた恐らく飼い主を持たない猫を足で道の端へ押しやった。

「邪魔だ」

猫はニャアと鳴き、その男性を鋭い目付きで見た。
男性が見えなくなるまでじっと座って睨んでいた。

「強いな、お前」

蓮はぽつりと独り言を言った。
猫は聞こえたのか、今度は蓮をじっと見た。

「睨むなよ、俺はお前を誉めたんだ」

猫は、ふん!とでも言いそうな顔をしてきびすを返し、長い尻尾とおしりを振りながらスマートな動きで店の裏へ消えていった。

変わった柄の猫だ。体は真っ黒なのに耳から目の下まで、オペラマスクを付けたように顔の半分だけが白い。

「お前の事は忘れないだろうな」

そう呟いて、行きつけというにはまだ馴染みの浅いbarへ足を向ける事にした。

初めて来たのは3ヶ月程前、たまたま通りかかった雑居ビルの前の立て看板が目に止まった。
やけに店の名前が気に入って、入ってみる事にした。

「Up to you」-あなた次第-

なんていい響きだ。
いい意味にも、悪い使い方も出来る便利な言葉だ。正解のない言葉。

静かにドアを開ける。
ママは一見の若い俺にも嫌な顔をする事なく相手をしてくれた。
居心地は良かったが、この時は長居はせずに店を出た。

今夜で何度目だろう。
店に入ると、いらっしゃいませとミドリさんは爽やかな笑顔で迎えてくれる。
「こんばんわ」
L字のカウンターの奥に座る。
すぐ横の窓からチラリと外が見える。

「今夜は何を飲みたい気分ですか?」
「そうですね…後ろ姿が綺麗でカッコいい女性のイメージのお酒かな」
「随分難しいオーダーですね」
「さっき、出会ったというか、知り合ったんです。あ、人間じゃないんだけど。でも人間みたいでかっこ良かったから。珍しい模様の猫なんだけど、俺の事睨むんだ。強い目で」
「ふふ。その子、知ってます」
「え?何でわかるんです?」
ミドリさんは笑顔のまま答えなかった。

カクテルを作る彼女は、流れるような一切無駄の無い動きでテキパキとシェーカーを振った。

蓮はあの猫の事をずっと考えていた。
1人で生きていくと決めた強さと、それでも本当は誰かに甘えたいと思っている様な儚さが、あの後ろ姿に垣間見えたのだ。

「お待たせしました」

ミドリさんがスッとカウンターに置いたのは、真っ赤なカクテルだった。
深紅ではない、鮮やかな赤。
これは女性が飲む物だと思って、少し恥ずかしくなった。

「何て言うカクテルですか?」
「ジャックローズです。あの子にピッタリかなと思って」
「猫にピッタリなカクテル?」
「そう。恐れを知らぬ元気な冒険者って言うカクテル言葉があるんです」
「へぇー!カクテル言葉なんてあるんですね。あの子、確かに冒険者ですね。名前はあるんですか?」
「クロ。勝手にそう呼んでます。3年前からこの辺にいるかな?単純に色が黒いからだけど、ジャックローズってカタカナで書くと真ん中にクロって、入ってるでしょ?それでちょうどいいなって。地域猫だから気の向くままに好きな所へ行くからいつ現れるかわからないんですけどね」

蓮は今すぐにでもクロに会いたくなった。
いや、でも今はこのカクテルを楽しもう。
強い目の光が美しい赤と重なってゾクッとした。
きっと、クロにはいずれ会えるだろう。

蓮はもう一杯ジャックローズを頼み、高い場所にあるこの店の窓から賑やかな街の夜景を見ながらふと思った。

クロが人間だったらどんな女性かな。

ミドリさんに笑われた。
変なこと考えてたのがバレたみたいだ。
この街に来る楽しみがまた一つ増えた。

 

<Bar Up to You>
新宿西口、路地裏の雑居ビルの7Fに隠れ家のように佇んでいる小さなBar。

東京都新宿区西新宿1-4-5 西新宿オークビル7F
tel : 03-5322-1112

営業時間:17:00~25:00  定休日:日曜日

夜な夜な訪れるゲストたちと美味い一杯とバーテンダーとの程よい時間が静かに流れていく。

このブログは、毎月1つの酒をテーマに、当店のゲストの皆様方が、一編のストーリーを作り、投稿されているブログです。

当店のHPはこちら! http://www.up-2you.jp/index.html